平野 啓一郎 (2008/11/14最終更新)
母親という一個の人間の内部に、最初の場所を許されていた。
これは、人間の生が始原に於いて抱えている根源的な条件だよ。
人間は、どんなに顔を背けてみても、
この最初の寛容さの恩恵を否定できないんだから。
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暴力の衝動っていうのはね、善悪の彼岸ですよ。
どんな些細な感情だってビル一個吹っ飛ばすのに足りないということはないですよ。
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眠りが死の象徴っていうのは世界中で共通してるのかもしれないけど、
その前に必ず入浴があるっていうのは、そんなに一般的じゃないよ。
日本人は、そういうところで、手が込んでるんだよね。
母親のお腹に回帰したような余韻に浸って、布団に入るなら、死ぬっていうより、
自分がこの世界に出現する前のゼロの状態に戻るみたいな感じがするかもしれない。
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汚れ一つない、完全な白の空間に人間を一人放り込んで、監禁してみたまえ。
彼は三日ともたずに確実に発狂する。
しかし、そこにほんの些細な一点の染みさえ見つけられれば、
彼は正気を保っていられるのだよ。
−−−人間は神にはなれない。
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神が死んだからといって、都合よく悪魔まで死んでくれないのは、
この世界のまったく残念なところだね。
……尤も、神など最初から存在しない。
−−−神の全能性。それは要するに、何だね?
ん? 人間の不可能のありとあらゆる裏返し。
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神とは、人間の無力さの一表現だ。
その輪郭の結ばれるところが、
正確に人間の限界となっている。
〜 『決壊』 〜